『注文の多い料理店』を考察 あらすじや宮沢賢治が伝えたいこと、顔が戻らない理由も解説
宮沢賢治作の『注文の多い料理店』。
教科書で読んだ経験がある人はもちろん、山猫軒での怖い内容が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。
今回は『注文の多い料理店』から学ぶことやあらすじ、作者が伝えたいことについて解説します。
山猫軒の正体や犬に関する解釈、結末で紳士の顔がくしゃくしゃになり、顔が戻らない理由についての考察などを紹介するので、参考にしてください。
宮沢賢治著『注文の多い料理店』とは
宮沢賢治の『注文の多い料理店』は国語教科書にも取り上げられている宮沢賢治の代表作です。
国語教科書の他に、中学生の英語の教科書にも英訳版が掲載されたこともあります。
あらすじは、山猫軒という山で偶然見つけた店に入った紳士2人が店からの指示に従っていくというものです。
彼らが進む先に待ち構えている結末とはどんなものなのか気になる内容なので、読みごたえがあります。
作者・宮沢賢治について
『注文の多い料理店』の作者である宮沢賢治は、岩手県の富商の長男として生まれました。
岩手の自然を愛し、農学校の教師として農民の生活向上に努めながら、執筆活動を行います。
肺結核を患うも執筆を続け、昭和8年に37歳の若さで逝去してしまいます。
生前には、『春と修羅』『注文の多い料理店』が、没後には『雨ニモマケズ』や『銀河鉄道の夜』などが刊行されました。
彼の作品は今も教科書などで多く読み継がれています。
あらすじと内容
2人の紳士が、猟師と犬を連れて山奥に狩りに行きます。
しかし、猟師は消え、犬は死んでしまいました。
そんな中、腹を空かせて迷う2人のもとに「山猫軒」という店が現れます。
中に入ってみると、廊下と様々な指示が書いてある扉が続く不思議な作りになっていました。
紳士らが指示に従い進んでいくうちに、山猫軒は料理を食べる店ではなく自分たちが料理にされて山猫に食べられる店だということに気付きます。
結末
山猫軒の正体に気付き恐れた紳士たちは顔がくしゃくしゃになるほど泣いてしまいます。
そこに死んだはずの犬が飛び込んできたことで紳士たちは助かりました。
けれども、いつになっても紳士たちは顔がくしゃくしゃになった状態から元に戻りませんでした。
【考察】『注文の多い料理店』の解釈と解説
ここからは、『注文の多い料理店』の解釈や山猫の正体についての考察を紹介。
登場した紳士や犬についての解釈、山猫軒での怖い文言や作者の伝えたいこと、『注文の多い料理店』から学ぶことについて解説していきます。
2人の紳士についての解釈
紳士は2人とも小太りだという描写があることから、都会の裕福な人だといえそうです。
農作業で力仕事をして痩せている農村の人とは違って、都会の人は贅沢なご飯を食べられてふくよかになるからだと考えられます。
冒頭で2頭の犬が死んだ時、まずその損害額に落ち込んだ2人の紳士たち。
彼らは、物事をお金に換算して考えて、命を軽んじる性格であると解釈できるでしょう。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
店では搾取される側に
自然を愛する宮沢賢治による、人間は自然の前では通用しないというメッセージ
なぜ犬が生き返った?
はじめは山を冒涜した紳士の発言に山の神が怒り、紳士が山に迷い込んだ際に犬が死んでしまいます。
しかし、山猫軒で2人の紳士を遊びで狩ろうとする山猫も、山の神の怒りに触れ、犬に襲われる罰を受けることに。
ここから、山の神が山猫に天罰を下すために、犬を生き返らせたと考えられるでしょう。
山の神が自然や命を軽視する存在に厳しいことから、自然の凄みのようなものが感じ取れます。
山猫の正体とは
獣を撃って楽しむの紳士と対照的なのが山猫。
幻を操ることができる山猫の正体は、を象徴する存在といえるでしょう。
顔がくしゃくしゃに! 顔が戻らない理由
紳士たちは、顔がくしゃくしゃになるほど泣き、二度と元の顔が戻らないというのがこの物語の怖い結末。
恐怖でひきつった顔はお風呂に入ってもなおりませんでした。
顔が戻らない理由はなぜでしょうか。
ここで、「顔がくしゃくしゃ」という紙を思わせる表現は紳士のような拝金主義への皮肉が込められています。
顔が元に戻らない理由は、世の中全てお金で解決できるわけではないということが作者の伝えたいことだったからでしょう。
【考察】『注文の多い料理店』から学ぶこと
『注文の多い料理店』から学ぶことは多くあります。
裕福な小太りの紳士が娯楽で狩猟し山を荒らす描写は、自然や動物に対する都会人の姿勢を批判的に描いています。
彼らが山猫に襲われた時、金銭的価値でしか見ていなかった犬に救われたことは動物軽視を皮肉っています。
また、顔がくしゃくしゃになって何をしても戻らないのは拝金主義への皮肉。
岩手で育った宮沢賢治の伝えたいこととは自然への畏敬だったのかもしれません。
山猫軒の言葉が面白い&怖い!
「ダブルミーニング」という、1つの言葉を2つの意味で解釈できる手法が巧みに使われている山猫軒の扉の言葉。
紳士の視点を通して、読者に面白い、怖いと感じさせる効果的な役割を果たしているといえるでしょう。
例えば、「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」という山猫軒からの言葉を、紳士は「山猫軒は巷で流行っている店なのだ」と都合の良いように解釈しています。
- 「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
- 「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」
- 「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
- 「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。さあさあおなかにおはいりください。」
オノマトペや文章表現にも注目!
オノマトペとは「擬音語・擬態語」の総称で、音や物の状態をまねて作られた言葉です。
宮沢賢治はオノマトペを多用する作家として知られています。
また、以下の風の表現は繰り返し使われていて、山猫の異世界と現実世界との切り替えスイッチになっていると考察できるでしょう。
加えて、扉の効果は紳士らが死に近づいている様子を表していると考えられます。
- 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。」
- ずんずん廊下を進んで
- ぺたぺたあるいて
- 頭へぱちゃぱちゃ振りかけ
- ぴかぴかする鉄砲
死後に評価された『注文の多い料理店』
『注文の多い料理店』は不朽の名作と知られ、教科書に載るほどの作品ですが、初版の売り上げは散々なものでした。
価格が高く、評判は悪かったため当時は売れず、その後の童話集の販売をやめてしまったようです。
宮沢賢治の死後になってから作品が評価されるようになり、今では教科書に取り上げられる名作として読み継がれています。
『注文の多い料理店』を読む
狩りに来て、山奥で迷子になった2人の紳士。
だんだんお腹が空いてきた2人は「西洋料理店 山猫軒」と書かれた家を見つけます。
中に入ってみると、そこには指示が書かれた不思議な扉が連続していました。
彼らは食事を心待ちにして指示に従いますが、そこから予想外の結末へと進んでいきます。
『注文の多い料理店』から学ぶことは多く、宮沢賢治の独特の世界観を楽しめます。
怖いけれど不思議な世界感が楽しめるような童話を読みたい人に。
発売日 | 1990年5月29日 |
出版社 | 新潮社 |
著者 | 宮沢賢治 |
まとめ
今回は教科書にもよく取り上げられている宮沢賢治著『注文の多い料理店』のあらすじや内容、考察を解説しました。
紳士の視点で読んだ後は、山猫の視点になって読んでみても面白いでしょう。
山猫軒の怖い文言や顔がくしゃくしゃになった顔が戻らない理由など、考察することでよりストーリーを楽しむことができます。
人によって『注文の多い料理店』から学ぶことや解釈も異なるのも面白いところ。
ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。